寄稿 ドロ舟日本の行方


中国型国家資本主義と米中新冷戦

質問「中国と日本は戦争になるんでしょうか?中国が民主的な国になって、公害や武力恫喝で隣国に迷惑をかけるのをやめ、良き隣人になる可能性はあるのでしょうか?」(20才、学生)


幸いな事に日本は過去70年近く戦争をしていない。米国は年間60兆円もの軍事費を使っているのに日本は約5兆円で済んでいる。米国のGDPが日本の3倍であるのに対し、軍事費は12倍だ。
ちなみに中国はGDPが日本の1.3倍だが軍事費は不透明な部分を含めれば日本の4倍もある。逆を言えば、今まで日本は軍事費を相対的に抑えて、その分経済成長と国民の生活水準の向上のためにお金を回す事ができたということになる。
これは、日米安保条約で米国の核の傘に守られて来たことと、島国であるために専守防衛であれば強大な陸軍を必要としなかったためと考えられる。

だからといって今後も平和な日々が続くという保証はない。遅れてきた帝国主義国家といわれる中国が経済的にも軍事的にも力をつけ、米中新冷戦時代に突入しつつあるからだ。


■戦争は一方にその意思があれば始まる…

最近の日中世論調査で、「日本では中国と戦争が起こると考えている方は少ないが、中国では過半数が数年以内に日本と戦争が起こる」というものがあった。これは実に憂慮すべき事態である。戦争は一方がどんなに能天気でお人好しであっても、一方に開戦する意思があれば必ず始まってしまう。他国に攻撃を仕掛ければ良いだけだからだ。友愛や博愛主義は、国益がぶつかり合う現実世界とは程遠い。

歴史を紐解けば、こういった事例はいくらでもある。カルタゴがどんなに望んでも古代ローマは戦争を仕掛けて滅ぼしてしまったし、ワーテルローの戦いの前にナポレオンがどんなに和平を望んでもプロシア、イギリスは応じようとはしなかった。第二次世界大戦でもポーランド、イギリス、フランスが宥和的に平和を望んでもヒトラーの侵略の意図の前には茶番でしかなかったのである。

ただ、日本のような島国でかつ人口が多い国においては徴兵制導入は無さそうだ。なぜなら、近代的な軍隊においては先端兵器を扱うことができない上に士気が低く、コストがかかるだけの徴兵による一般兵は役に立たないことが分かっているからだ。もちろん某国のように、若者の性根をたたきなおすための教育機関と位置づけて理不尽な軍事教練を行うことが目的なら話は別だが…

じゃあ、あなたに全く関係がないか、というと残念ながらそうでもない。日本向けの船舶が攻撃の対象になれば日本中で多くの物資が欠乏するだろう。極端な予測では尖閣諸島周辺の初期の戦闘は日本が勝つ可能性が高いが、負けを認めない中国は報復として日本各地の軍事基地や原子力発電所などのインフラにミサイル攻撃が行ない、多くの一般市民も犠牲になる、というものもある。また、仮に小規模でも日中間で軍事衝突が起きればあなたが持っている中国株や香港ドルも没収されてしまうだろう。相手は共産党一党独裁による国家資本主義国家なのだ。


■中国型国家社会主義と“中国の夢“

中国は共産党一党独裁で土地の所有権もない。取引されるのは期限付きの使用権である。ノーベル賞受賞者なら自宅軟禁で済むが、それ以外の反政府的な言動は“謎の失踪”につながりかねないほど言論の自由が無い。人民元は意図的に低く抑えられ、GDPを始めとする統計数値も政府の思いのまま。国営企業や政府関連企業が経済を牛耳る一方、貧富の差は“共産主義国家”がジョークと言えるほどに大きい。国家の目的は(共産主義を放棄した)共産党による支配を継続することであり、最近はこれに“中国の夢”を実現することが加わった。これはどうやらアヘン戦争以来欧米列強や日本に虐げられて来た世界の秩序を、“世界の中心たるべき中華民族”中心に作り直すというものらしい。

ちなみに中華人民共和国の歴史は64年しかない。日本の学校教育では近代史はあまり教えないがとても平和国家とは言い難く、領土拡大を国是としているかのようでもある(下表)。日本に対しての敵対的な態度が顕著になったのはここ10年程だから、未だに日本には幻想を抱いている方々も多いようだが歴史を真剣に勉強しなおした方がよさそうだ。


中国の主な戦争・紛争
1949年 国共内戦に勝利した中国共産党により中華人民共和国建国
1949年 ウイグル侵攻(東トルキスタンを併合)
1950年 チベットを武力併合
1952年 朝鮮戦争に義勇軍として参戦、米韓主力の国連軍を38度線まで押し戻す
50-60年 台湾と武力衝突を繰り返す
1962年 インドに侵攻しカシミール地方の一部を占領
1974年 ベトナムから西沙諸島を奪う
1969年 中ソ国境紛争
1979年 中越戦争
1984年 中越国境紛争
1995年 米軍撤収後にフィリピンからミスチーフ礁(南沙諸島)を強奪
1995-96 台湾海峡ミサイル危機
2000-06 ブータン北部地域を侵略

■米中新冷戦の行方

もう一つ重要なことは、日本だけから見ると大局を見誤ってしまう可能性があることだ。実は中国の脅威を最も感じているのは、インドでも日本でもベトナムでもフィリピンでも無く、おそらく米国である。基軸通貨を持つ覇権国家である米国に対して中国は公然と挑戦するようになった。これは米国型資本主義と中国型国家資本主義の覇権争いともいえる。

一方、米国と中国の経済的な関係は深い。米国企業は多くのものを中国に売り、また多くのものを中国から買っている。米国にとって中国との直接的な軍事衝突は避けたいところだ。このため、米国はソ連に対して行った軍拡競争・代理戦争ではなく、1980年代に経済的なライバルとして台頭した日本に用いた「ホメ殺し作戦」を中国に対して実行中のようだ。米国から「level the playing field」という言葉が中国に対して使われ始めていることも既視感がある。この流れを考えると、今後以下のような対中政策をさらに推し進めることになるだろう。

◎人民元の切り上げで中国の輸出産業の競争力を削ぐ
◎中国金融市場の開放で、米国が強みを持つ金融で中国市場を席巻
◎知的財産権の保護を強化し、中国から研究開発の対価を回収
◎サイバーセフトを防止して米国の軍事・科学技術での優位を維持
◎国営企業を民営化させ、共産党の支配力を減じる


■3つのシナリオ

中国の国家資本主義、“中国の夢”と米中新冷戦を考慮すると、以下の3つのシナリオの可能性が高いように思える。

1.中国の春:米国の思惑通りに中国経済ホメ殺し戦略が進めば、中国の不動産バブルが崩壊し、低成長経済に移行することになる。そうなると、格差拡大、政府高官の腐敗から民主化運動が発生し、アラブの春のような社会的な大混乱が起こる可能性が高い。その後は、ソ連型の国家解体が進むことも十分ありうる。日本との軍事衝突は避けられるが、大量の中国人難民が日本に流入し、中国発の世界的な不況で日本経済も停滞を免れないと予想される。

2.日中尖閣紛争:景気後退による国民の不満をそらす為に敢えて軍事的な冒険を仕掛けることになれば、直近の状況を考えればターゲットは台湾ではなく日本となるだろう。武装民兵の大量上陸などをきっかけに尖閣諸島を巡って軍事衝突が起こる可能性は、多くの日本人が思っているよりも高いだろう。現在の海空戦力では日本有利と考えられているが、中国政府にとって共産党政権が転覆に繋がりかねないので敗北を認める可能性は低い。米国の介入で短期間に停戦となるものの、日中間の経済関係は霧消する。もちろん日本人、日本企業が中国に保有する権益は接収されることになるだろう。

3.日中冷戦:日米同盟がある限り、中国は軍事的な冒険をしないという見方も根強い。米国の圧倒的な軍事力だけでなく、中国国外に資金を持ち出しているとされる中国の富裕層や政府高官にとっても米国にある資産の接収は悪夢だからだ。この場合、経済的な関係はある程度維持されるものの、日中で軍拡競争が進み両国経済への重石になると予想される。

これらにどう備えるかはあなた次第だが、どのシナリオを予想するにしても原則は「君子危うきに近寄らず」。旅行中に危険な目にあったり、邦人資産接収や中国の混乱で大損したりしても全て自己責任だ。

なお、資産の保全という観点なら、なぜ5千年の権力闘争を見てきた中国やインドで金地金信仰が強いのか想像してみると良い。金投資を考える場合、金地金だけではなく、金ETFや金トラッカーも便利だ。また、第一次世界大戦や朝鮮戦争の時に日本の特需が発生したように、紛争当事者以外に特需が発生すると考えるなら、米国株・欧州株への投資も一案と考えられる。

(念のため付言すると、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではない。)
eワラント証券 チーフ・オペレーティング・オフィサー 土居雅紹(どい まさつぐ)


土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
eワラント証券株式会社
チーフ・オペレーティング・オフィサー
CFA協会認定証券アナリスト(CFA)

著書:勝ち抜け!サバイバル投資術バブルで儲け、暴落から身を守る 土居雅紹/著
【内容紹介】 中国バブル崩壊、米国発世界恐慌……ミッションは生き残り。日本と世界のこれから、次のバブルの見つけ方、グローバル経済時代の攻めと守りの最善手を説く。
出版社 :実業之日本社