寄稿 ドロ舟日本の行方


給料が上がらないのは会社がおかしいから?

質問 ドイツやフランスでは正規社員の割合が多く、非正規でも待遇が同じで年間労働時間も少ないようです。私の職場では残業も多く、なかなか休みが取りにくいのに、給与は高くありません。同僚から聞いた話では会社には余っている預金が相当あるようです。お金が余っているなら、どうして私たちの給料を上げたり、もっと人を増やしてくれないのでしょうか?
(30才、会社員)



質問者さんは、まず簿記3級程度の知識を身につけたほうがよいだろう。将来、今の会社で責任あるポジションにつくにしろ、先行きに見切りをつけて起業するにしろ、「会社ってなに?」という根本的なことが分かっていないと、取引先や銀行とまともな話ができない。


企業の内部留保・会社の手持ち現金は社員のものではない

与党の揚げ足取りしか言わない“あの政党”や“この政党”は、「企業の内部留保に課税しろ!」、「企業で眠っているお金は従業員のものだ!」などと主張する。残念ながらこれは大きな勘違いに過ぎない。
内部留保とは、企業の売り上げから諸費用(原価、給料、家賃等)を引いた儲けから税金を払い、さらに残りから株主への配当金を支払ったうえで、会社に意図的に残した資金のことだ。だから既に給料も税金も1回払った後のお金ということになる。つまり、内部留保とは、株主が事業の儲けの中から会社に再投資した資金ということだ。ついでに言えば、これは現金や銀行預金で残っているとは限らず、工場の機械になっていたり、子会社の株式になっていたりする。つまり、内部留保=企業の儲けではないし、内部留保=現金でもないのだ。



では企業が銀行に眠らせている預金はどうかというと、これも残念ながら従業員のものではない。例えばA社が、B銀行からお金を2億円借りてきて、1億円で機械を購入し、残りの1億円を銀行預金にしていたとする。確かに現金は1億円あるが、これがいくらたくさんあっても借金だから儲けではない。現預金は利益とは違うというだけのことだ。
これらは簿記や会計では基礎の基礎なので、「内部留保から給与を払え!」とか「現金がこんなにあるならボーナスをくれ!」という主張自体が、その政治家や政党が経済の仕組みを全く分かっていないことを触れ回っているようなものだ。だからこそ万年野党たる所以だとはいえるがw


カツオはハマさんの印税の分け前をもらえるのか?

「でも、企業の儲けの利益からは払えるだろう。ちょっと前までは円安で大企業の業績は凄くよかったそうじゃないか!怒!」
これに対しては、こんな例を考えてみよう。経営者が「サザエさん」に出てくるお隣の浜さんで、質問者さんが小学生のカツオだとしよう。浜さんは画家だから絵を書き、その売り上げで暮らしている。絵が高く売れれば儲かるし、売れなければお金は入らない。時々、カツオは浜さんのお使いで絵の具を買いに行き、お小遣いをもらっていた。そのおかげで浜さんは絵を描く時間を増やすことができたことになる。
さて、浜さんの大作が売れてガッポリ儲けた。そこでカツオは、「私には絵の売り上げの分け前をもらう権利がある!」と言えるだろうか?もしかしたら、機嫌がよい浜さんがお使いのお小遣いをはずんでくれるかもしれないが、常識的にはカツオは絵の売り上げの分け前を主張する権利は無い。もちろん、浜さんの替わりに絵を描いていたというなら話は変わってくる。
では、ちょっと状況を変えて、浜さんが知り合いの会社の株を持っていて、そこが大儲けして配当金ががっぽり入った場合はどうだろう。これにも普通ならカツオの分け前は無い。
この喩え話の、絵の売り上げが質問者さんの会社のとある事業所の儲け、浜さんの株式投資の利益が他の事業所や海外子会社などの収益貢献に相当する。絵の売り上げと株式投資の儲けをあわせると、企業グループ全体の結果を表す連結決算となる。
大企業が「増益」とか「減益」と新聞記事になるような時は、普通は国内外の子会社を含めた連結決算のことを指す。だから、「儲かっているなら給料を上げろ」は、カツオが浜さんの絵の売り上げや株の儲けの分け前を要求するような議論ということになる。


経営者の立場で考えてみよう

「それは金持ちの都合の良い論理のすり替えだ」とまだ納得がいかないなら、オークションの売買程度の小さな規模でいいから自分で副業をやってみるとよいだろう。すると、儲けが無いと自分が費やした時間に見合うお金も入らないということが分かるはずだ。
それが軌道に乗れば、バイトを雇って手伝ってもらうこともあるだろう。そうしたら、あなたも立派な経営者だ。大儲けして、そのバイトくんの貢献が大きければ、バイト代をはずんでやろうと思うかもしれない。でも、事業が儲かってなければ払えないし、バイトくんの働きが10人並みならバイト代を増やす気にもならないはずだ。



もうお分かりだと思うが、「会社が儲かって」、「質問者さんの貢献度が高く」、かつ「質問者さんと同じような人材はすぐに採用できない」という3つの条件が揃って初めて待遇がよくなる。どれか一つが欠けても自分の時間を切り売りして稼いでいる労働者の待遇が改善されることはまずない。
こうやって経営者の立場で考えてみることで、いつまでも文句だけしか言わない人たちとは違うものが見えてくるだろう。

eワラント証券 チーフ・オペレーティング・オフィサー 土居雅紹(どい まさつぐ)


土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
土居雅紹 (どいまさつぐ)氏
eワラント証券株式会社
チーフ・オペレーティング・オフィサー
CFA協会認定証券アナリスト(CFA)
(社)証券アナリスト協会検定会員(CMA)

ラジオNIKKEI「ザ・マネー」月曜日のレギュラーコメンテーター。月刊FX攻略、Moneyzine、日刊SPA、ロイターなどに寄稿。著書に『勝ち抜け! サバイバル投資術』(実業之日本社)『eワラント・ポケット株オフィシャルガイド』(翔泳社、共著)など。